C'est la vie

新大陸の湖畔

あじあのわたし、どんな人?

 

世界から見たら私は紛れもないアジア人で、顔の平たい民族で、でも自分と違う人がこんなに沢山いるんだからもうどうだっていいよ。私が無理に背伸びをして違う誰かにもならなくていいし、そっちがそうなら私もこれでっていう感覚でした。

皆んなが1つずつ違うから交わった時の感動がすごいわけで、最初から違うことがこんなにもありがたいことだったんだと、初めて分かる。

これは大発見だよ、ワトソン君。

 

大人になるってどういうことなんだろうっていつも思う。人より何か出来ないので、そういう頭を使って賢く生きることが大人になることなのかなって。お父さんはよく、もっと頭を使って生きろって言うんだけれど、確かにそうだろうなって思いながら、何気ないその一言で私の中の劣等感とか焦りとかを育てていく。

今まで、少なくとももう20年ぐらいは経ってて、たくさんの時間があったのに、賢く大人に生きる手段を知る時間も方法もあったはずなのに、そんな劣等感とか焦りとかだけが足枷みたいに繋がっててなんにも解決しないままにズルズルぶら下げている。

 

スピード、強さ、正確さが善とされるこの世界で、私は初めてこの町が安心出来るような気がした。この劣等感とかも別にぶら下げていいんだよって言われてるような気もした。だってみんな隠さずにぶら下げているもん。いや、それを劣等感とさえ思っていない。

 

私はやっぱりそっちの世界に行きたいのです。誰でもない私として、そちらで生きたいのです。