C'est la vie

新大陸の湖畔

まあ多分なんやかんや書き続けるんだろうけど

 

なんかどうしても書き残したいんだって言って続けてたこのブログさえ、あの頃の情熱はどこへやら、書きたいことが見つからない。

 

どうでもいいことをポッと思い浮かべて、それをネチネチ捏ねくり回してたけど、それさえ疲れてる、最近。

文字を書いてて良かったこともあったけど、多分良くなかったことのほうが多い。

文字から離れる理由は多分沢山ある。所詮忘れるものは書いたって忘れること、結局は音でしか何かを表すことに感動できないこと、エトセトラ。

一度経験したことを絶対に忘れないように、大事に拾い集めて自分の手のなかに閉じ込めたかったから昔は文字を使った。でも、結局忘れるし、反芻すればするほど偏ってそれは歪な形となり襲いかかってきた。

どうせ、時期がくればまた分かるようになるよっていう余裕というか、なんというか、「必然」というものを信じられるようになった。物にしても人にしても、出会うべき時は必ずある。

 

というか、大抵の場合、多分忘れてない。思い出せないだけで、頭のどっかにはちゃんと覚えてる。

 

いつからか、過去の「反芻」は未来への「予測」となりそれは「偏見」となった。いや、人間って多分「過去から学んで未来に生かす」みたいな、そうして成長するんだろうけど、いささか度が過ぎた。

大して行動もしていないくせに、ネガティブな方に予測を立て、それが実現するのが怖くて結局は自分の行動に無意識に制限をかけている、みたいな感覚。

馬鹿だけど、これ思ったよりも深刻だった。

 

もっと良い意味でバカになって、ちゃらんぽらんで、行動にこそ価値が宿るんだぜ、って部屋で閉じこもってた去年の私を引っ張り出したいヨ。

 

おわり