C'est la vie

新大陸の湖畔

日常

 

電車のなかでの人間観察が好きだけど、知らない人の顔をマジマジと見るのはお互いに居たたまれないような気持ちになるので、盗み見る要領で車内の人間を観察する。

隣の人の洗剤の匂い、くたびれた鞄、ディズニーのお土産袋、細いピンヒール、女子高生のスカート。

今日も電車は日常を運んでいる。

 

 FaureのAu bord de l'eauが好きで、上手く発音も出来ないし上手く歌えもしないけど、煙のたゆたいとか、時が過ぎること、夢が儚く醒めること、これらの描写が心に深く棘のように刺さる。ポッケに手を突っ込み、ちょっと不機嫌そうな前髪で街を闊歩する冬の夕暮れって気持ちになる。この気持ちは決して日常ではないけれど、目の前で行われる日常とが更なるコントラストを生んで、私という身体が日常という風呂桶にぽよんとたゆたっているような気持ちになる。気持ちいい。ああ、揺られている。

どの一片を切り取ってもそれは日常で、その中で誰かがくしゃみをしたり、急ブレーキによろめいたりすることにちょっとした非日常を感じる。そういうドラマは心のどこかで求めている何かであって、それは一瞬ちょっとだけベートーヴェンを弾いてる気分にもなる。

そんなことを目の前のおじさんを見ながら考えていると最寄り駅に着いた。