C'est la vie

新大陸の湖畔

消費

こうして言葉とか目に見える形で残す気力さえこの湿気がすべてを掠め取っていく。鈍く冷たいナイフのようなその切っ先がいつ自分の首元を掻ききるのか、そしてそれは誰でもない自分の手によって行われてしまう恐怖。

別に私がやらなくてもいいじゃん、だとか、誰かがやってくれるからわざわざ私がやる必要がないじゃん、っていつの間にか消費していくだけの毎日に何かが低められている。消費消費消費消費消費。一体何を生産しているのか、お手上げ。

好きなものを履きつぶす怖さとか

豚のようにがめつく消費するだけの日々とか

大好きだった人たちの顔を忘れていくことの喪失感とか

最近はその喪失感でさえ感じにくくなっている心の鈍さとか

時間の経過とか

ヒールを履きたがる自分とか

脱ぎ散らかしたくなる私とか

どっちが本当の自分なのか逡巡した挙句どっちもなりたい私だったこととか

白々しい言葉たちに裏切られた夜とか

 

表情筋が緩やかに死ぬ。

 

でもそんな乾ききった無味無臭のうちに、今日ぐらいは泣いたっていいじゃんとか、お前はお前だよって臭すぎる言葉に声を上げて泣いてしまいたくなる日もある。大量の海が内側に押し寄せて、ただの反感と、恥辱と、共感と、生産がごちゃ混ぜに漂流してきた。

傷つけたならごめんなさい。でも本当に、私にとって誰も欠けてはほしくない人間だらけなんだ、この世界。