C'est la vie

新大陸の湖畔

伝言ゲーム

 

音楽と想い、どちらが先に来るんだろう。

言葉と想い、どちらが先に来るんだろう。

 

目に見えないものがより優位性を持ってるとしたら。出来れば心のどこかではそのどちらもが対等であってほしいと願っているけれど、テレビのコメンテーターの言葉はどこか薄っぺらく感じてしまうし、言葉や記号から解釈した音楽は心がどこかついてきていない虚しさで溢れている気がする。

でも目に見えない世界が仮に正しいとするならば、この世界は沈黙で閉ざされていってしまう。何も言葉を発することが出来なくなって、沈黙こそが正しいとなってしまう。それはいけないことだとも思う。やっぱり主張とかはあるべきだし、最近は意見を言うことがさして悪いことでないというのも何となく分かってきた気がする。

果たしてこの二項対立は優位性云々の話ではなく、どちらに比重がかかるかってだけの話かもしれないし、とにかく今出来ることは目に見えるものが薄っぺらくならないことに努めるだけの気がする。

脳みそっていうのは意外とバカで、実は身体の方が賢くて、もっと言葉とか音楽が脳みそターゲットじゃなくて、皮膚感覚で馴染んでくれたらこんなに悩むこともないのかもしれない。何もかも命令したがる脳みそは一旦おやすみしてもらった方が解決しそうな気もする。

そうなると、もっとこの身体を色んな感情に晒していく必要がある気がする。例え傷つくとしても。