C'est la vie

新大陸の湖畔

ズレ

 

自分のおうちから出てみて、色々道草食ってはフラフラして時間を費やして、でもどの葉っぱもなんか違うなって思ってまたおうちに帰る。

そういう意味だと、その延長線上にある性善説とか性悪説とかは本当に興味深い。

私っていつ構成されたんだろう。いつ出来上がったんだろう。おうちはいつ建てられたの?

この葉っぱはスキ。あの葉っぱはキライ。

この景色はスキ。あの匂いはキライ。

この人はスキ。あの人はキライ。

 

自分ってやつはもしかしたら借り物の容器に借り物の感情をぎゅうぎゅうに押し込んだパッケージなだけで、そんな物差しを自分って果たして言えるのかな。

5月はなんだか弱気になるみたい。だって立ってる位置がまず違う気がするものね。