C'est la vie

新大陸の湖畔

帰り道の考え事

使い古したプレイリストを今度こそ履き潰すように耳に注ぎ続ける。今は晴れているけれど、なんとなくくもりの気分だったからプレイリスト「くもり」をチョイス。帰り道には東の空に赤い瞳がにんまりと笑っている。「おいおい、今日も気持ちわりーぞ。」と茶化しながら感情の暖かい海に身をうずめていく。重たい何かを大切に大切に磨り減らしながら、周回遅れの日々を辻褄合わせのために早めることをもうやめようと思った。

今日も京葉線で揺られながら、だけど先人たちの言葉遣いの巧みさにもう心を動かされることはない。椎名林檎ガリレオガリレイもどうしてこんなに自分の内側を気持ちよく擦っていくのだろう、と興奮していたつい最近の帰り道はもうどこにもない。ブラームスも、シューベルトも、プーランクも響かない。好きだった曲が好きじゃなくなった時の喪失感への対処法を僕はまだ知らない。心の穴はまたいつか新しい代替物で置き換えられるのだろうか。薄情だ。

最近降りる駅の三つ手前で眠気が襲ってくるのに、眠りについたとたん歩くことを強制されるこのくそったれなサイクルは拷問か何かか。そんなことなら一瞬の甘えさえ許されない眠気覚ましをここに用意してくれよ。舞浜から乗ってきた隣のカップルの会話に仕方ないから聞き耳を立てる。我ながら趣味が悪いが僕の眠気覚ましのために少しの人々が犠牲になること、少し申し訳ないと思いながら、でも結局は眠すぎてとりあえず女の方の声がうるさいかったなという情報量しか頭が受け付けない。そう言えば今日の5限も製本を終えたらさっさと寝てしまってたことを思い出した。講師の声が若干花澤香菜に似ていることしか情報量がない。

明日のために荷造りすることを思い出して、途端に歩くスピードが落ちる。このスピードはどの曲のアンダンテに当たるのだろうと考えながら靴擦れの痛みを一つ、二つ数えて階段を降りる。

荷造りは得意ではない。