C'est la vie

新大陸の湖畔

限界突破

 

日常のなかにある幸福や怒りや楽しみや悲しみは、言葉にならずに空を切る。

もやっと生まれてはもやっと死んでいき、何かを手中に留めようと悪あがきをしてみるけれど、結局忘れてしまうようなことならば手の内に納めたところでそれは大して意味を持たなくなる。

昔あなたが「僕らはもう言語化出来ない位置にまで来てしまっているんだ」と言った意味がやっと分かる。したところで意味がないことも。

色んな角度から見た自分。情報を元に私と言う存在の焦点が当たって見えてくる。

私って誰なんだという哲学的なそれではなく、文字通り自分ってこんなやつなんだな、ぐらいの軽いそれで。

その世界に入ることで、自分が凡庸であることを知って、なんと無力なんだと嘆く時間がどうしても必要だったと思う。

昔の私、今の私はスーパーマンにはなれなかったよ。でも、無力さと引き換えに今こうして自分の好きを磨いて楽しめている環境が本当に恵まれたことだったんだよっていずれ分かるようになるよ。

「今日も1日、ありがとう」だなんて、ありふれて陳腐な言葉かもしれないけれど、この言葉こそ世界の鍵を握るものなのかもしれない、って信じざるを得ない熱量がここにはあるよ。