C'est la vie

新大陸の湖畔

 

桜の開花宣言が東京で言われた頃。僕は彼女と町を歩く。

堰を切ったようにして咲き乱れ始めた花たちの賑わいは人を呼び、鳥を呼び、そうして春を呼ぶ。空気を吸っては吐いてを繰り返して桃色の息吹を体に満たしていく。

 

「今日も海を見に行こう」

彼女ははその短い髪の毛を春風に揺らして僕を一瞥してから微笑んだ。春に合わせた淡いピンクのスカートが風に乗ってふわりと靡く様で、昔ある春の日に感じた昼下がりの優しさを思い出す。時間の緩やかな流れが「ここにいても良いんだよ」と肯定してくれるような。

 

「昔ね、私の町に大きな桜の木があったんだ。それはね、夜の方が美しくてね。凛としてるのに色気があるんだ。」

物憂げに語る彼女の表情は、夜桜そのもので、時折動く睫毛の瞬きが夜桜の花びらが儚く落ち行く様を模しているようだ。

「ずっと、私が生まれる前からそのおばあちゃんみたいな桜の木はそこにいて。きっと道に行き交う人々皆のことを秘かに思い続けていたと思う。夏には青葉を、秋には紅葉を、冬には雪化粧して、そして春には優しい愛をくれるの。」

 

きっと彼女のなかでは桜は神様みたいな存在なのかもしれない。忙しなく生きる僕たちはいつも大事な何かをすぐ忘れてしまうけれど、でも桜は365日を巡って毎年一回、ここに帰っておいでと囁いてくれる。沈黙のなかでしか通いあえないこの会話はまるで神との対話で、どこかバッハを奏でるときの感覚に似ているような気がした。

 

「私はね、これからも私の後に生きる何万もの人々があの桜を見て生きていてほしいって思ってる。大切な誰かと会えない時に思う、今頃元気にしているかなっていう気持ちみたいな。そんな誰かが誰かの小さな幸せを願う心がずっと、ずっと続いてほしいんだ。それってすごく尊いものじゃない?」

 

あまりにもパステルカラーに満ちた彼女がこちらに帰ってこないのではないかと心配になった僕はつい「君はその春の優しさが時々嫌にはならないのかい?」と躊躇いを込めて尋ねる。

 

「嫌になってしまうこともあるけれど、でも私の居場所はここなんだなっていつも思うの。本当の自分がどこにいるのか分からなくて、自分で自分を励ましたとしてもただの強がりだったらどうしよう、とか思ってしまうの。でも、桜が、私の良いところも悪いところもまるっとくるんでそれが私なんだよ、って教えてくれる気がするの。本当は私が、君がここにいるだけでそれだけで価値があることなのにね。私たち、忙しすぎるから。」

 

透明な風が鳴りを潜め、豊かな実りある孤独が二人を包んでいく。

「ねぇ、二人だけで誰もいない海を見に行こうよ。」

 

町全体がまるで淡い桃色のベールに包まれたような日々がより一層僕たち二人をノスタルジックな境地へと誘う。

海沿いの街道には桜が等間隔に並び、日曜午後三時の月島駅にささやかな愛を届けてくれる。