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Le Nocturne

深淵を覗く時

宮崎・青島

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青島に行ってから、左目だけ涙が流れ続けるという特異体質になってしまった。心当たりと言えば、その前日にこなした本番で少々厚化粧をしたときに左目に集中的にアイシャドーが入ったか、はたまた青島の海水に触れた手で目を掻いたか。後者だとしたら私の左目には今多量の海の微生物が住んでいるのかもしれない。怖いなあ。

一人の海が好きだ。暇さえあれば海に行きたがるから、やっぱり人間は海から生まれたことに頷ける。自分の目から零れる液体とこの地球を覆っている液体が何故同じ塩味なのか、子供ながらに抱いていた謎はいまだ解明されない。液体の成分の話ではなく。水の戯れを長いこと見ていると自分の意志では動けないような錯覚に陥る。それはとても心地よいたゆたいで、ここに帰ってきたという気がする。昔お母さんにだっこしてもらってゆっくり上下に揺られていたからかもしれない。海は空の鏡みたいだ。空の色に限りなく近い青みを映しているように見える。夕焼けのときは海は赤色になり、夜は深淵となって黒に染まる。深淵を覗くとき、また深淵もこちらを覗いているのだ。海を見るとき、東京駅で一人雑踏に紛れながらも世界を無音にしたあの異世界な感覚とそれはどこか似ているような感じがして面白い。完全に「ああ、一人だ」という心地よさと生きている証はただ大切な人にだけ伝わればいいなという想いで一人海岸を歩く。

「私はここに居るよ。私はここに居るよ。」

 

大切な人。

きっかけは何だったんだろう。確か夏目漱石の『夢十夜』だった気がする。本当に笑ってしまうような些細なきっかけ。あの世界観に魅了された私たちはいつしか価値観も考え方も、何を考えているのかも分かっていた。そんな人、もうきっと出会えないのかもしれない。そう確信できてしまうぐらいには私たちは何かで結ばれている。

そんな私たちが男女の関係になるには最早時間の問題だってこと、言わずとも分かっていた。お互い、なんとなく分かっていたことも分かっていた。

初恋ともいえる最初に本気に好きになった人は私よりも感性が優れていた。付き合えないだろうと心のどこかで考えながらも考え方が、言葉が好きだったから色んな話を聞いていた。彼の話には何でも笑っていたし、楽しませてもらったし、だけど最後の最後まで何かお返しできるものもなくいつも私が貰ってばっかだった。彼の中で一番好きだった話があった。ラヴェルという作曲家の話だ。彼の音楽は孤独な夜を乗り越えるための音楽だって言ってた。なんて色気のあることを言うのだろうと感心した。その日から私の中でラヴェルは孤独な夜を乗り越えるための音楽になった。

そしてあろうことか、私たちはその孤独な夜を乗り越えるための音楽で体温を分かち、キスをした。私はあなたの思想を踏みにじって、愛していた過去の私でさえ越えてみせて、それは罪悪感と、残念ながら同時に背徳感みたいなものも感じた。その瞬間だけは、すべて壊れてしまえばいいと思った。

あの日の夜が、ただの寂しさを紛らわすための道具にならないように、ただの性欲だったって言われないように。最低な女を演じることが今の自分にできる何かなのかもしれない、とか不埒なことを考えては現実に戻る。大人になるってどういうことなのだろう。何で大切な人ばかり傷つけてしまうのだろう。多分、肝心なことが言えない私たちは手紙を書きあって、それ以外ではお互いの気持ちいいところを突きあうような会話で空気を満たして。傷つくことを恐れて何かぎくしゃくした空気が加速する。

付き合うには何かあと一押し足りないこの感情は単に私のわがままなのか。条件は揃ったのに。

 

出会うには早すぎたのかもしれない。