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深海

多分僕は馬鹿なんだと思う。頭の賢さでも、おそらく人間的にも謙遜でもなんでもなく、総合的に見て不器用さが際立っている。汚い。

 

ああ、まただ。体ごと海の底に沈んでいくこの感覚。耳元で空気が「ゴポ...ゴポ...」と漏れていく音が聞こえてくる。もがけばもがくほど口からは息が漏れ、服に水がまとわりついてくる。アリ地獄のように海が僕を絡めとっていく。可燃性の命は今まさに僅かな灯を切らさまいと叫んでいるが、この声は誰にも届く様子ではないようだ。

 

今から僕の汚い何かをここに晒すことになる。気分がよくはならないから嫌な人は見ないほうがいい。知らないほうが良いこと、世の中にいっぱいあるから。

 

ペンギンは砂漠では生きていけないし、サボテンは亜熱帯では育たない。金魚は空を泳がないし、雲は地上に降りてこない。適材適所なんてありがたーいお言葉、今の僕には曖昧な指針でしか意味を感じ取れない。毎日毎日本当の場所はここじゃなかったのかもしれないと疑いながら生きていくことにもう飽きてしまった。周りのみんなは何の柵もなく命の灯を燃やしているように見える。頑張るってなんだ。音楽ってなんだ。言葉ってなんだ。僕たちどこから来たんだ。楽しいこと、したいだけなのに色々許してくれない自分がいる。ほんとはもっといろんな場所に行きたいのに、かつて自分を制御し支配していた優等生の仮面を被った窮屈な僕が解放してくれないみたいだ。こんな僕に「はてはて、努力論とはいかなるものなりや」などとくどくど小言を言われ続けている。好きな場所へ行くことは逃げることなのか?「逃げるは恥だが役に立つ」?

最早コンクールを受ける意味すら分からない。世界的に名声があるプレイヤーでさえ何かに挑戦していて、もうその人たちのおかげで音楽に救われる人々というのは何万人もいて、はてはて僕が音楽をやる意味とはなんぞや、などと無駄な思索を繰り広げてみる。だって、僕がいなくても世界ってちゃんと回っているからなあ。

コンクールな話を抜きにしてもだ。自分の出したい音が出ない。やりたいことが何故かできない。頭の回転が遅いがゆえにままならない音楽。自分で弾いていて時々曲に対して本当に申し訳がなくなってくる。良いように調理してあげられなくてゴメンね。君のことわかってあげられなくてゴメンね。

 

よく思う。もし自分が普通大学に進学していたら。ちょっと興味のあることを勉強して、ちょっと音楽に詳しい普通の女子大生の自分。時々かわいい服を着て、渋谷か原宿でパンケーキを食べてその写真をインスタグラムにあげる自分。適当に恋愛して、適当にセックスして、適当に就職活動をして、適当に卒業して、適当に会社に働いて、結婚して、子供ができて。そんな人生が嫌なんだという気力さえ奪われたようなこの深海は、とても暗い。トンネルはちゃんと終わりがあるからトンネルなんだ。これは、まさしく深海。

 

夢って何だろう。多分たいていは叶わない。どれほど多くの先人たちが夢破れて死んでいったのだろう。分からない。自分はどこへ向かっているのか、暗中模索なんて四文字で収められるほどこの海は浅くない。