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雑記

お風呂から上がった後の時間は本当に幸せしか詰まっていない。

この時間にはどんなことを考えてもいいし、どんな馬鹿なことを口走ってもどうでもいいし、全部全部微睡みの中に後で落としこんでしまうから何を思ったって許される気がする。

 

震災から6年が経ち、テレビでは津波の映像が流され、心は痛むけれど案の定ツイッターでは黙祷ツイートに対して批判した意見に溢れ返っている。それぞれが色んな想いを持ってどう行動するかなんてその人の自由だし、黙祷ツイートするなという意見の押し付けも見苦しいものなんだろうが、この「押し付けるな」という意見を押し付けている時点で何もやっていることは変わらないよな、という永遠と続くいたちごっこ。

みんな本当に狭い世界で生きて死んでいくんだろうな、と光を映す水面を眺めて今日の津波の映像を思い出す。

自分の意見を表明する必要性がどこにあるのか分からないまま片手にスマートフォンを掲げた現代人はどんどん脳みそを縮小させて最先端を生きていく。SNSにより繋がったという幻想を抱かせといて実は何にも繋がっていなかった僕ら現代人は多くを知りすぎたように思うし、多くを知ることによって正義を振りかざすことの容易さを知った。正義で人を殺すことは簡単だ。

 

やっぱりツイッターもグーグルマップもまだ知らないあの頃が好きだった。