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特に意味はないのだけれど。

 かつての創世記でも記されたように、林檎は罪の果実と言うよりはそれを取って食べるこの行為によって罪そのものの意味が完結するのであるならば、本来この林檎にはそもそも罪の理由もないのに、どういうわけか長い歴史のなかで林檎は罪の果実と間違えられやすいし、結局は罪かどうかだなんて我々が恣意的に決めつけただけに過ぎないんだけれど、そんなことはどうでもよくってだな。どうして大人になるにつれて人は林檎がより一層魅力的に見えるようになってしまうんだろうね。

 人を傷つけちゃいけません。他人のことを大事にしましょう。子供の頃から散々言われてきた文言に縛られて、僕ら実はもう傷付け傷つきあっているのに、どうして今更傷付けまいと何か得たいの知れない文言を今日も破らまいと勤しむのだろうか。どうして自分のことを大事にすることをこんなにも非難されるような世界になったのだろうか。テレビの中で映るさも対岸の火事のような出来事は全くもって対岸ではないし、僕だっていつあの人たちと同じ立場になるのかも分からない。いつだってあいつらと血を分かち合い、同じ果実を毟りとってみせれるよ。

 ある日を境に「いい人」から脱却した僕らは、それはとても生きやすいはずだと思っていたこの生活にも何故だか嫌気が差してきて、もしかしたら都合の「いい人」として仮面を被って生きていくことの方が生きやすいのかもしれない。そうして自分を抑えて自滅していけばいいのだけれど、どうもこの社会を賢く生きるにはそれが最善手なのかもしれないのかな。優等生が好きだったあの頃の僕たちは自分が気持ちよくなることが怖かった。気持ちよくなることはバカになることだと思っていたから。今の僕はもう優等生にはなれないけど、どうもバカにもなりたくないみたいだよ。

 お前が孤独を乗り越えるための言葉を僕に教えてくれたけれど、僕はそれを大いに踏みにじって他人と体温を分けたんだよ。どうだ、僕はお前も、お前を愛していた過去の僕でさえもいくらでも踏みにじることが出来るんだよ。

僕ら裏切って裏切られて負の連鎖なんて止まらない。何もかもがどうでもよくなる夜。なんの発展性もなくなったこのしょうもない下らない世界=自分が何かを認めてしまうには浅はかすぎて、バケツに張った水をおもっくそ蹴り飛ばすようにして「ばっかじゃないの」と声を荒らげることも許されない虚無感に押し潰された今夜は僕たちは生暖かい春の闇夜を羽織って不気味なステップを踏むことしか救いがないね。ほんと。救われないよ。

 

汚さとか傲慢さとか一生交わらない平行線とか全部ゴミ箱に詰めて明日の燃えるゴミに捨ててしまおうよ。それか一斗缶にバラバラにして詰め込んで東京湾か若しくは日本海溝に沈めてやりたいわ。