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Le Nocturne

深淵を覗く時

言葉

雑記 真理っぽいもの

何故か最近シューベルトばかり聞いている。意識している訳でもないのに、たまたまシューベルトが寄り添ってきてくれたような偶然。ありがたい話かもしれない。

歌曲なんて弦楽器奏者にはよっぽどの機会がないと聞けない。聞こうと思わないと。言葉にすれば価値が低くなることを知っているから、尚更踏み込めなかった。

でも食わず嫌いってちょっぴり勿体無い。言葉による価値の値下がりは、それは使っている言葉が悪いだけの話で、もしかしたら言葉こそ真の内的世界を伝えられる道具なんじゃないかと錯覚してしまうぐらいにシューベルトは天才だった。

ドイツ語の子音が音に対応するときにどういう発音をするのか、言葉の重みの比重がどの音にかかるのか、言葉から派生するメロディーが伴奏楽器によってどういった対位法的旋律で描かれるのか。全部全部繋がっていて、なるほどこれは奥が深い。

 

ドイツリートから学ぶ言葉と、僕らが扱うべき音楽と、何も違うものはなかったのだと思う。媒介として存在していたと思っていた言葉は実は物の本質に迫り得るぐらい、価値の高いものだった。

 

どうやら僕らが生きているうちに言葉を紡ぐのか、ちょっとだけわかった気がする。救われた気がする。

 

 

休みの日の朝は町から何かを消したような静けさがあること

帰り道では誰もいない君の町へ鼻歌を歌って帰ること

東京の夜空が意外と鮮明だったこと

僕らがいるこの場所が実は夜空へ飛び立つ宇宙船の船底だということ

黄色い目をした月が僕らを見つめていること

 

全部言葉にすれば消えて散ってしまう儚さのなかで、どうしたら君に言葉の裏側を伝えられようか。

ずっと悩んできた僕らと言葉の関係が、今明らかに。