C'est la vie

新大陸の湖畔

というわけで

ちょっと目が覚めた気がした。憤慨しているときは自分が世界の矛盾を解きほぐしてやるんだと勇む時空管理局の管理人になった気分だった気がする。

 

世界の矛盾はもうどうだって覆せないし、矛盾があって丁度良いのかもしれない。時にはその犠牲になって、無力感を握りしめながら今を丁寧に積み重ねていくしかないんだ、と悟る。これが人生なんだって言われたらもう何も言えない。きっとこうして大人の皮を被った人間が出来上がるのかもしれない。

でもそんな無力感のなかで出会う言葉、人、想いだけが人生のタノシミなのだろうな。知らんけど。「この言葉に出会うために生きていたのかもしれない」って思える瞬間は、なんだか体が暖かくなる。ほんとほんと。丹田あたり。こわーい。

そんなありがたーい御言葉を頂くために苦しみがあるんだよ、って言われたら「しゃーなしな。」と言って前に進むしかなかろーもん。博多弁使ってみたけど絶対使い方違う。友人に博多のヤツがいるんだよ。うつるうつる。

 

死ぬときに誰かを想う気持ちしか持っていけないこと、音楽の前では皆平等なこと、時の流れを味方につけること、今を丁寧に積み重ねること、沈黙こそが正しいこと。2017年最初の峠を越えた気がした。