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Le Nocturne

深淵を覗く時

恥ずかしい話

雑記

恥ずかしい話。

同じ文章を読んでも全く感想が違った。今まで当たり前すぎて気付かなかった。ある文章を僕は涙を堪えながら読んだ。その傍ら世界はそれを鼻で笑っていた。

同じ音楽を聞いていても全く感想が違った。皆似たような感覚を共有しているものだと思っていた。ある音楽を僕は全く感動しないと思った。その傍ら世界はそれを正当なものだと評価した。

自分の関わる世界には大体同じような人間が集うものだと思っていたが、そうではなかった。むしろその逆に思われるぐらい、予想を裏切られる。生徒、先生、組織、集団、人間の束。人が集まったらもう怖い。彼らが何を考えだすか想像しただけでたまったものではない。

世界と僕らの埋まらない溝。最初は目に見えない亀裂だったのに、そこから蝕むように何かに囚われやがては目を背けることさえ出来なくなった。溝に悲観したいんじゃないんだ。出来るものならこんな溝、早く生コンクリートでもなんでも流し込んで平らにしてやりたい。

必ずしも良いものが選ばれる訳ではないのだとあなたは言うけれど。じゃあ何のための格付なのだ。何のためにわざわざ勝者と敗者を毎年毎年量産するのだ。

分かっている。音楽はそんなところに価値を置かないこと。

今はただ悔しい。何を言ってもそれは逃げとして捉えられること。甘えであると思われること。そして、それが根本的解決にならないこと、一番自分が分かっている。でもそうでも言わないと納得がいかない。僕はもっと頭を使え。賢くなれ。生き方はもう賢くなくていいから。ただ、ただ賢くなれ。よく考えろ。そして考え付くした先の感覚を解放しろ。

 

こんな悩み、グーグル先生でも分かんないよね。

 

ただ良いと思ったものを良いと言えないこの世界になんの意味があるのだろうか。