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Le Nocturne

深淵を覗く時

沈黙

真理っぽいもの

等間隔に並ぶ街頭が星の光を掠め取る。今日も夜空色の壁紙を貼っただけの東京の空で、巡り会えたかもしれない大事な何かをこぼして家路に着く。盛者が必ずや墜ちていくこの世界で、何が命を長く保たせることが出来るのだろうか。

格付の命は短い。音楽の効き目は長い。

そんなことをかつての椎名林檎も思い巡らしていたのだろうか。

 

時々、世界を支配している理が何なのか気になる。そんなものはいくつも存在していて、僕らはその総体として理由を欲しがるけれど、そんなものは後付けでしかないこと。知っている。分かっている。答えを先送りに出来る勇気が欲しいの。

それはもしかしたら「正しさ」なのかもしれない。全てのチャンスを欲しがる友人A。正しい道を歩むための手すりが欲しい。お前の正義を振りかざしてただひたすら前だけを向いて走れ。

もしかしたら「儚さ」かもしれない。急に来た春のような残酷さを残して、僕らの将来を顧みないソレは僕らに無償の愛をもたらす。けれど、僕がそれを掴んだ瞬間に靄になって消えてしまう。盛者も、人生も、恋も、花火も、夏も、花も、音楽でさえも。消えていく運命。

他に考えられるならそれは「簡潔さ」だとも思う。遠藤周作の流れるような簡潔な文体。物事の裏側を支配する簡潔さ。僕らがいつも迷った時に戻ってくる場所が簡潔さを求められること。それは何かを極めようとした人には一度は訪れる感覚なのだろう。

 

一言で表そうとすること自体おこがましいのかもしれない。所詮、僕らは何かを創造するときの苦しみでしか生きている気がしないのかもしれない。今までの全ての言葉がただの「逃げ」でしかないこと。君は「頑張らなくていいよ」って僕に言うけれど、僕は取り敢えず富士山を登ってから頑張るか頑張らないかを考えてみることにするよ。富士山が富士山だって、分かるまでちゃんと登らないと分からないんだ。登ってから「ああ、頑張るのやめた」って言える人生だったら良いんだ。

 

そして今ならやっと言える気がする。

「沈黙」こそが正しい、と。