C'est la vie

新大陸の湖畔

間際

「死ぬときってあの世に何を持っていけると思う?」

 

ここはどこだか分からない。壁も天井も白く、何もかもを浄化する意思を持って僕の周りにそれが佇んでいる。僕はなぜか白み切った夕暮れを映す窓辺に小さな椅子を一つ拵えて、白いベッドに横たわるお姉さんを見つめていた。

もうじきお姉さんは旅立つ。旅立つには早すぎるのに、お姉さんはさっきから窓越しに見える枯れた木の葉の揺らめきばかりを気にして僕のほうなんか興味がないように微笑んでいる。窓から差し込む黄昏を溶かしたような光にお姉さんと僕の影がうっすら伸びている。

 

「少年、君は向こうに何を持っていきたいの?」

不意にお姉さんは黒の瞳をこちらに向けて僕を捕らう。

「僕は...」

 

何を持っていけるのだろう。そもそも自分の中に何があるのかも分からないのに。

「僕はすごく怖い。自分の中に生きる意味だの答えを求めても最近めっぽう見つからないんだ。自分を裏切らないで生き抜く自信を持てるのか分からないんだ。僕は誰にも、僕自身でさえも僕を知られたくない。暴かれたくない。こんな中身のないものを暴かれてしまったらおしまい。本当に何もないんだ。」

 

 

 

「じゃあ君はもう私がいなくても大丈夫だね。」

お姉さんは優しく笑って続ける。

「生きているうちに自分の中に付加価値で存在理由を見出すなんて。死ぬ時にはね、記憶さえ持っていけないものよ。だけどね、人間って誰かを愛することで何か自分がここに居ても良いんだって思えるのよ。いくら自分の中に答えを探しても見つけられないのかもしれないね。」

僕はなんだか涙が出そうになって、だけどお姉さんが急に遠く感じてグッと自分の胸のあたりを無意識に掴んでいた。いやだ。遠くに行かないで。

そんな声もむなしく僕は恐らく最期になろう言葉を問いかける。

「この世界の鍵は何なのかな...僕は何を持っていけるのかな...」

 

指先が透明になる。

「沢山苦しんで、恋をして、誰かを愛して生きていきなさい。大切なものは目に見えないから。見過ごさないで。方位を誤らないで。使われすぎて価値の下がった普遍的な言葉にまた命を吹き込んで。未来を強く信じて。きっと、きっと大丈夫。」

 

いつの間にかお姉さんは旅立っていて、僕は白に取り残された。けれどそこには確かなさっきまでの温もりと、息が横たわっていた。ちょっぴり寂しくて、もうここには一つしか影が伸びていないけど、今なら僕にも何か持っていけそうな気がした。

 

「ありがとう、お姉さん。僕は誰かの幸せを願うこの気持ちを持っていくことにするよ。」