C'est la vie

新大陸の湖畔

逃走

夢は必ずしも良いものばかりではない。それは実際に見る夢にしろ、描く夢にしろ。

そんなこと小学生の頃から何となく分かってた。昨日は初めて独り暮らしの夜が怖いと思ったし、今日は私の未来がまだ本当に白いと思った。大人を装った人間たちは、「まだ色んな可能性に満ちてるじゃない」なんて、無責任なことばっか。そりゃね、他人の人生だもの、その反応は正しいよ。成功は血や肉となって消えていき、失敗や後悔ばかりが苦味となって口のなかに異物感を残して去っていく。口内炎が痛い。自分は将来を悩む一大学生を演じているし、世界は演じることを強要。かといってそれをはねのける力というのは残念ながら備わってないから、ただ黙って演じなければならない。そんなときは自分に対して中指突き立ててはっきり罵ってやりたくなる。「お前は未来に生きているのか」

 

考えることは好きだ。多分世間的に見て、悩んだり考えたり本を読んで自ら解決策を見つけたり何か外的なものから内部に取り込んでヒントを見つけるという行為が好きだ。全てが繋がる時の快感を知っている。ただ、私もいつも生真面目な大学生を演じられるほど世界に対してお人好しじゃないし、知的好奇心が原動力だから全く興味が湧かないことに関して本当は何も触れたくない。知らないまま生きていたい。けど、世界がそれを許さない。

最近どんなに頑張っても、どんなに人が良く見えても、どうでも良くなってきた。人が良く見えるのはあくまでも「自分フィルター」越しに見た良さだし、隣の芝生が青く見えても「お前がそう思うならそうなんじゃねえの。」としか言い返せない。頑張るって言葉も嫌い。なんだそれ、我慢比べかよ。何のためにこの大学に入ったんだよ。本当に。未来は真っ白?そうね。答えなんて急がなくていいのに、誰かがそれを許さない。世界のありとあらゆる目に見える数値、グラフ、常識、基準、正しさ、何もかもが意味をなさなくなる。何を基準に生きていけばいいの?自分のフィルターでさえ当てにならないこんな世界で、何を楽しみに生きていけばいいの?音楽は楽しいよ。確かに。でもそれ、自分が楽しいだけじゃない?いや、それでいいのか。だって私の人生だから私がたのしけりゃいいのか。でも世界はそれを許さない。色んな目に見えてしまうどうでもいいものに私は追われて支離滅裂になりかける。

 

 

なーんて、昨日の夜に考えてたら怖くて眠れなくなっちゃった。考えるのは好きでも、考え込むのはあんまり良くないな。でも、気付かない振りはいつまで。

 

世界はお前自身だよ。