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Le Nocturne

深淵を覗く時

当たり前のことなんだけど

学校の西洋音楽史の授業はその時代の西洋音楽のエッセンス的なこと教えてくれて、今まで何となくそう感じてはっきりしていなかったそこら辺を私が分かるように手に取れる形で言葉にしてくれて有難いって感覚を持ちながら授業受けてたけど、結局それは借り物の感情であって外的動機で得られることなんてたかが知れてるから結局実際に曲弾いて自分の言葉で自分の感情を紡げよって話になると自分の知的メタボリック(たかが知れてるけど)加減と実際に自分の中に溜まるはずの質重視の貯金が全く比例していないと言うか、何もかも中途半端で、でも中途半端な自分を受け入れてあげられる度量の広さは自分の中に備わってないから、自分キライキライフィーリンが飽和状態で頭をもたげているけど、多分そこら辺は長期スパンで考えるべき物事と、短距離走的熱量でこなす物事の違いがちゃんと分かっていればこんなにウダウダする必要もないんだけれど、なんせまだ子供だからそこら辺分別ついてないよねって話で、こんな当たり前のことを消化しきれない気持ち悪さを何故勉強しながら感じなきゃいけないのか、って思うんだけどもう一生勉強だなぁと謙虚に生きます。