C'est la vie

新大陸の湖畔

新年を迎えるにあたって

あけましておめでとうございます。第一稿ぶりに人に向けて書きます。と言うものアクセス解析?(ちょっと未だによく理解出来てないのですが)によると見てくださっている方々のアクセス数がどうも100を越えたみたいで、非常にびっくりしています。元々は思考の整理のために始めたものですが、いつしか見てくださる方が少しずつ増えてなんだか時々それが嬉しいと思える瞬間があります。これからも自分のために書き続けることには変わり無いのですが、どうぞよろしくお願いいたします。

人間どうしても欲が出てくるみたいで、見てくださる人が増えると同時にどうしても文章を良く書きたいだのかっこいい表現を使ってみたい、という気持ちが出てきます(笑)。お恥ずかしいです。となると、自分の表現と実際の心情が嘘偽りなく照らし合わせられるかと言われると少し自信がないところが生じます。正直難しいです。言葉とのお付き合いは色々思うところがあります。だから本当に自分のなかで大事だと思ったことは敢えて表現していない日もあります。言葉にすると途端に嘘が生じるからです。人間はどう頑張っても本当に物事を客観的には捉えられません。主観と客観のバランスを取ることは可能でも歴史的事実のように淡々と過去を振り返ることは最早不可能です。(歴史的事実も本当に歴史的事実なのかどうなのか、という問題が発生するのですが、これを話すとだいぶこの記事の趣旨から外れるので割愛。)それでも人間の素晴らしいところは「忘却」する力であります。敢えて文字に興さないという手法は自分の心のなかである意味自然淘汰されていく記憶が、後の自分にとって本当に大切な記憶だったのだということを理解するには大いに役立っています。そこでは言葉はいりません。深く自分の中に落とし込む作業で、これは日々の練習や読書をするときの感覚と似ているものを感じます。

私は元々書くことがそんな得意ではないです。今もその手の方から見ればこんな文章は素人臭さが拭えないのでしょうし、私も上手く自身を表現出来ないときは歯痒くさっさと記事を下書きボックスに入れてしまう時もあります。でも元々自分のために書くと決めているものなので汚い稚拙な文でも取り敢えず素直に出しちゃう時もあります。さんざん言葉は嘘を孕んでいると貶していましたが、言葉にして書き出すことで思考が整理され次のステップに進めているのも事実です。これからもどちらの力も理解しながら自分なりに表現しようかなと考えてます。

 

今日この記事を書こうと思ったのはもう一つ理由があります。新年を迎えるにあたってやはり抱負的なものを書いておきたいと思ったからです。FacebookInstagramなど、リアルな世界に通じている人に向けて発信するあの手のツールで自分の本質を写し出すことに最近嫌悪感が拭いきれないのですが、ここなら少し許されるような気がするので書いてみようと思います。

去年一年を振り返ると9月を境目に前後に大きく分かれます。ただひたすら前に奔走してた9月までと、私を取り巻く世界、人生、生きるということ、音楽をするという意味について考えてしまう時期に。端から見たら私は9月で歩みを止めています。頑張ることが好きだった昔の私が今の私を見たらすごく焦っていると思います。だけど、考える切欠をくれた友人、環境、音楽のおかげでなんだか月並みな表現しか出来ませんが生まれ変わったような気持ちになりました。まだ4ヶ月しか経っていないのが驚きでしかなく、20年弱生きてきたなかでかなり濃い期間でした。今文字を打ってて思ったのですが私まだ20年も生きてないのですね(笑)。そりゃ世界分かんない訳だわ。まだ何も知りません。知り始めたばかりです。今年は飛躍の年にしたいと言いたいところですが、まだ早いという気持ちもあります。確かに目に見える飛躍は安心を覚えます。その場で足踏みを続けることは本当に怖いです。いつ前に進めるのか誰も教えてくれません。でも取り敢えずの人生のゴールを30歳と決めているので、それに向けて少しずつ始動していきたいのです。エンジンかけるのに一年かかったら、まあそのときは今年の大晦日にでも笑います。

今年はやはり、もっと自分を知るところから始まりそうです。昔は人から見た自分と、自分から見た自分をなるべくギャップの少ない且つ両者の距離を近いものにする、という事こそが自分を理解するということだと勘違いしていましたが最近そうでもないと分かってきました。自分を知るってそんな表面的なことじゃないです。自分の深部というのは暗くてなかなか足を踏み入れることを憚れるような場所です。思ったよりも深いし(深くあってほしいという希望的観測もありますが笑)何しろ知るには時間がかかります。でもそこにあるものは自分の生きる軸になるような水源があります。それは尽きることのない水源で、多分魂とか霊的な次元になります。私は本当にそれが知りたいです。見てみたいのです。自分がどこからやって来たのか分かってあげたいのです。どちらかと言うと一年でその輪郭が分かればかなりラッキーなように感じます。それほど時間がかかりそうです。きっと何度も表面的な事物に影響されて意識が浮上します。軽くなります。邪魔も入ることでしょう。だけど、これが分からないと多分私は一生音楽をやる意味を見出だせないのです。甘えかもしれません。世の中そんなこと考えなくても一応渡っていけるようになってます。多分。自分のやるべきことをちゃんとやってたら例えトントン拍子じゃなくても前に進めるように人生は設計されているのかもしれない。けど、私は今のところそういう生き方は望めません。深く広い範囲で捉えるなら今年の抱負は「深く自分に根差す」です。今年は遂に二十歳です。将来設計が迫られる年で、言い訳がしにくいという手前もあります。一応のタイムリミットは一年ということで焦らず見つめていきたいと思います。

本当に長い文になってしまいました。すみません。今年もどうぞよろしくお願いいたします。