C'est la vie

新大陸の湖畔

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何でそもそもブログを開設するまでに至ったのか、考え出したところでキモいの一言に戻ってくるのだが端的に言えば「伝えられない、言葉に出来ない気持ち」ってのが根底にあってそれを紡ぐ形態を私はいつでも探していた。
言葉は所詮言葉だ。相手をどれだけ思っていようと恋い焦がれていようと出た行動が結局全てだし、私はそんなときに言葉の力を信じられなくなる。言葉と想いの狭間で揺れるぐちゃぐちゃな自分はいつもダサくて、かっこよくなくて、嫌いだ。
あまりにも私の気持ちが伝わらなさすぎて、もしかしたらもう一生付き合えないんだろうなという予感がいつも拭えなくて。いくらばかりか心を開きすぎた気がする。もう傷付きたくないからこれからは少し心を狭く設定します。悲しい。だけどそれしか乗り越える手段がない。
そしてこの傷が知らない間に癒されて、塞がって、ある日出会っても何とも思わなくなって「あらこんにちは、お元気?」っていう台詞がさらっと言えるようになってしまって、そんな浅い関係に戻ったらこんなしんどい思いなんてしなくてよくて。
男と女。圧倒的性差。埋められない溝。一つになりたがる私と一人になりたがる彼。届かない。届かない。届かない。
もう恋だの愛だの疲れた。恋に興じようとしている自分もやはり世の中にゴロゴロいる女とは何も変わらない存在だ。恋で傷付いた心はもう女の優しさでしか癒せないんじゃないか。幸いにも私のいる環境はバイセクシャルにかなり寛容だ。うん。女同士でもう事足りる気がしてきた。
いや、まあ焦るな。


もうこのまま付き合わなくてもいいとか思ってた。結局それは見栄張ってるようなものでしかなくて、言葉で繋がった関係なんて脆いと分かっていながら言葉で繋がってもない今の関係は更に弱い気がして。結局言葉に執着している自分が嫌なんです。嫌い。

そろそろ私は多分自分の本当の居場所を他人に見出だすんじゃなくて、自分のなかに見出だすべきなんだ。精神と肉体。何故他人のなかに自分の本来の姿を見つけようとするのか。それこそ不自然なのである。魂は然るべき肉体に宿るのだ。私は私であって、迷い嘆いている私の魂を私が温かく血の通った身体で受け止めてあげるのだ。
音楽をしているときに感じる私の本当の居場所。最近少しわかった気がする。音楽は私だから。私が音楽だから。私の魂が私の身体にきちんとまるっと入った瞬間が音楽だから。なんて幸せなんだろうな。

誰か私を殺してくれ。理想ばかり追い求めて現実に苦しむのはもう飽きた。しんどいのだ。本当の居場所を探し続ける私を殺してくれ。そして殺されて、新しく生まれ変わって、うん。またこんな人生を歩みたい。焦るな。早まるな。