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Le Nocturne

深淵を覗く時

愚かな人間

私の中には地下に続く階段がある。恐らくレンガ造りの螺旋階段。私は松明を焚いてその階段を降りていく。右手に壁のザラザラとした質感を感じながら一歩ずつ踏み締めて降りていく。

地下は暖かい。地上の荒野で身体も心も傷ついたとしても降りてこれればふと安心する。でもほのかに死の匂いもする。それは私の影のように引っ付いて離れない。影は形となり私を覆う。風となって私の頬を撫でる。「お前の本当の居場所はどこなんだろうな」とでも嘲笑ってるようだ。
でも私はその影を払ってでも地下に進みたいのだ。大事なものがきっとそこにあるから。いつでも信じられる私でありたいから。幸せに生きたいから。


地下に続く階段なんてものは私の意識の階層の比喩でしかないが、私の中には確固たるイメージがある。今では地下に続く階段は私の生活の主軸であり、癒しであり、オアシスであり、そして逃れられない現実である。
雑多な日常を送り、奏でる音楽に惰性が伴ってくれば大切なものはすぐに見えなくなる。私は愚かな人間なので、殊更地下に続く階段がないと直ぐに見失ってしまう。見栄、回りの視線、評価、下らないこと、責務、仕事の遂行具合、社会の歯車になってただただ受動的に右から左に流す存在。ああ怖い。いつでも奴等は襲ってくる。

今日は朝が忙しくて地下に続く階段を降りることが出来なかった。もうそこから歯車は狂っていったのだ。

一度決めたことが出来ない意思の弱さ、自己の矛盾、大事なものがすぐに見えなくなる愚かさ、そんな浅はかな自分に若干の苛立ちを覚える。こうして自分を信じてあげられない要因を作り出してしまうから、そう。内なる富を信じられなくなる瞬間が来るのだ。怖い。

なんだか不満ばかりをつらつらと述べてしまったが、そんな日は早く寝てしまうに限る。最近めっぽう夜が弱い。
今日は何を聞いて寝ようかな。モーツァルトのヴァイオリンソナタK.304は格別だ。